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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)128号 判決 1972年9月26日

八尾市竹淵四九五番地

原告

糸沢佐一

右訴訟代理人弁護士

杉山彬

福山孔市良

加藤充

並河匡彦

八尾市本町二丁目一一四番地

被告

八尾税務署長

坂本美樹

右指定代理人

渡辺丸夫

山口一郎

高橋和夫

有藤秀樹

石黒憲一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告が原告に対して昭和四〇年九月一六日付でした、原告の昭和三九年分所得税についての総所得金額を金九七七、〇三三円とする更正(裁決により一部取消されたのちのもの)のうち金一二、二八一円を超える部分、ならびに過少申告加算税四、六五〇円の賦課決定(裁決により一部取消されたのちのもの)は、いずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、 請求原因

1  原告は養鶏業を営んでいるものであるが、昭和三九年分所得税につき昭和四〇年三月一五日ごろ被告に対し、総所得金額(事業所得の金額)を金一二、二八一円として確定申告をしたところ、被告は同年九月一六日これを金一、一四五、五六〇円と更正するとともに、過少申告加算税を賦課する決定をなし、そのころ原告に通知した。原告はこれに対し異議申立をしたが棄却され、さらに大阪国税局長に審査請求をしたところ、同局長は原処分を一部取消して、総所得金額、を金九七七、〇三三円とし、過少申告加算税を金四、六五〇円とする旨の裁決をした。

2  しかし被告の右更正処分のうち原告の申告額を超える部分は、原告の所得の認定を誤つた違法があり、したがつてまた過少申告加算税の賦課も違法であるから、その取消しを求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

第1項は認め、第2項は否認する

三、被告の主張(処分の適法性)

1  被告は原告の申告した所得金額を過大と認めて調査を行ない、担当係官が原告に対し事業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告は金銭出納帳を備えてなく、各月分の収入支出の金額を記載した二五葉の書類を提出しただけであり、係官はこの書類を検討したが、これのみでは原告の適正な所得の実額を算定できないので、やむなく取引先調査や同業者の調査等により得た資料に基づき原告の所得金額を推計したところ、原告の申告と異なつたので、本件処分を行なつた。なお原告は本件処分に対する不服審査手続の段階で売上帳を提出したが、これも売上金額を正確に記帳しているものとは認められなかつた。

2  被告の調査によれば、原告の事業所得にかかる総収入金額と必要経費はつぎのとおりである。

(一) 総収入金額 一〇、七五三、九六六円

右内訳

(1) 鶏卵の売上 九、七九七、四〇二円(推計)

(2) 廃鶏の売上 五一五、七三九円

(3) 鶏冀の売上 四四〇、八二五円

売上先別内訳

(イ) 株式会社前田安商店 三一四、三九〇円

(ロ) 株式会社吉田商店 一二六、四三五円

(二) 必要経費 九、二九九、三三六円

右内訳

(1) 飼料の仕入 八、一五六、〇九七円

仕入先別内訳

(イ) 株式会社前田安商店 五、三五〇、七七八円

(ロ) 株式会社吉田商店 二、三四二、二〇三円

(ハ) 宇野製肥所 四三六、七一六円

(ニ) 浪華蓄産株式会社 二六、四〇〇円

(2) ひなの仕入 二〇〇、〇〇〇円

(3) 薬品の仕入 一九四、六〇〇円

(4) 一般経費(公租公課、光熱費、通信費、広告宣伝費、修繕費、消耗品費、減価償却費) 二七三、六三九円

(5) 雇人費 四七五、〇〇〇円

3  右のうち鶏卵の売上金額は以下に述べる方法により推計したものである。すなわち

(一) 原告の昭和三九年における飼養成鶏メス羽数は五〇〇〇羽である。

(二) 農林省大阪統計調査事務所公表の大阪府下における昭和三九年の月別成鶏産卵率は別表一の(A)欄記載のとおりであるから、これを原告に適用すると、月別産卵個数は同表(B)欄のようになる。原告のような養鶏専業の者は平均以上の産卵率を確保していると認められるので、統計上の産卵率を原告に適用することは相当である。

(三) 鶏卵一個の重量は平均五五グラムであり、一キログラム当りの販売価格は原告と立地条件を同じくする同業者である浪華養鶏組合の組合員の販売実績および産業経済新聞掲載の鶏卵相場によれば別表一の(D)欄記載のとおりである。

(四) そこで月別産卵個数に一個当りの重量五五グラムを乗じ、これに一キログラム当りの販売価格をあてはめて計算すると、売上金額は別表一の(E)欄のように総計金九、七九七、四〇二円となる。

4  以上によれば、原告の事業所得の金額は総収入金額一〇、七五三、九六六円から必要経費九、二九九、三三六円を差引いた残額一、四五四、六三〇円であり、したがつてこの範囲内でした被告の処分は何ら違法でない。

四、被告の主張に対する原告の答弁

1  第1項中、原告が金銭出納帳を備えていなかつたことは認めるが、その余は否認する。原告は更正に先立つ被告の調査に際し、昭和三九年分の売上帳三冊、仕入帳一冊と膨大な枚数の仕入伝票、領収書を提示したが、被告の担当係官は金銭出納帳がないからこれらは一切信用できないとして、原告の申告した数額を認めなかつたのである。

2  第2項中、(一)の(2)、(3)(ロ)、(二)の(2)ないし(5)は認め、その余は否認する。(一)(3)(イ)の株式会社前田安商店への鶏冀売上は金三〇四、五四〇円である。また(二)(1)の飼料仕入金額は金八、二〇七、八四四円である。

3  第3項の推計は争う。被告主張の産卵率統計はきわめてずさんなものであるのみならず、飼養農家一戸当りの飼養羽数が平均二〇〇羽という規模のものの統計であつて、数千羽を飼養する養鶏専業者に適用できるものでない。飼養羽数が多くなればなるほど管理が行きとどかず、産卵率は低下する。さらに原告の営業地である八尾市竹淵四九五番地は平野川の支流流域に位置するが、対岸の大阪市側には提防があるのに八尾市側にはこれが全く築かれていないため、降雨による河川の犯濫、浸水に脳まされている低湿地域であつて、養鶏に適しない環境であり、しかも原告は旧式の三段式バタリー養鶏で、更新鶏も確保せず、したがつて老鶏が多いうえ、養鶏業者の多くがとつている点燈養鶏方式は採用していないのであつて、このような原告の個別的具体的実情を無視して平均産卵率を適用して推計するのは不当である。

第三、証拠

一、原告

1  甲第一ないし第四号証を提出

2  原告本人尋問の結果を援用

3  乙号各証の成立は知らない。

二、被告

1  乙第一号証の一ないし五、第二ないし第七号証を提出

2  証人葛本茂、辰巳満、竹見富夫の各証言を援用

3  甲号各証の成立は知らない。

理由

一、請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一ないし第三号証、証人葛本茂、同辰巳満の各証言によれば、被告は原告の昭和三九年所得税の確定申告額を過少と認めて調査を行ない、所得金額を推計して更正をしたのであるが、当時原告は収支計算の基本となるべき金銭出納帳を備えておらず(金銭出納帳を備えていなかつたことは原告も争わない)、収入の中心である鶏卵の売上に関する資料としては売上帳と題する三冊の帳簿(甲第一ないし第三号証)と若干の伝票類、および右売上帳から得意先毎に鶏卵売上量、売上単価等を月別にまとめたものと思われる二五葉の書類があつたのみであること(この売上帳を原告が被告の係官に提示したのが更正前の調査のときか、それとも不服審査の段階になつてからか、また伝票類を提示したかどうかは争いがあるが、この点は以下の判断を左右するものでない)、右売上帳三冊のうち二冊(甲第一、二号証)は、三軒の得意先別に日付、売上キロ数、キロ当り単価、売上金額、代金支払状況等を日を追つて記載したものであるが、一部の得意先や取引銀行の反面調査の結果と対比して記帳もれのものがあることが判明し、また残りの一冊(甲第三号証)は、売上先の記載がなく、右得意先以外の不特定多数人に対する小口売上に関するものと考えられるが、昭和三九年一〇月三日から記帳が始まつていてそれ以前の分は全く記帳がないことが認められ(この小口売上について、原告本人は、東京オリンピツクによる需要増をあてこんだ全国的な鶏卵の過剰生産により得意先への売上が落ち余剰が生じたので、一〇月からそれまでしていなかつた小売を始めたものであると弁解しているが、かりに生産過剰による売上低下という事情があつたとしても、そのことにより従前以上に小売に力を注ぐようになつたというのなら格別、一〇月から忽然と小売を始めそれ以前は小売は皆無であつたとはとうてい考えられない)、右認定を覆すに足りる確証がない。

このように、原告は金銭出納帳を備えてなく、売上帳と称するものも記帳が売上のすべてをつくした正確なものとは認めがたい以上、これをもつて所得の実額算定の基礎とすることはできず、他に実額を認定するに適切にして十分な資料もないので、原告の所得を推計により算出する必要性があつたといわなければならない。

三、よつて次に本件更正にかかる所得金額の当否を判断する。

1  鶏卵の売上について

被告は、原告の飼養成鶏羽数を確定したうえ、統計による産卵率と卵一個の重さ、単位重量当りの販売価格などから売上金額を算出している。この方法自体はこの種業態の所得推計のしかたとしてはきわめて妥当で合理性があるものとして是認することができるから、推計結果の当否は用いられた基礎係数の当否にかかつてくることになる。

そこで被告が右推計の基礎とした数値を順次検討する。

先ず、被告は原告の昭和三九年中の飼養成鶏羽数を五〇〇〇羽としているが、証人葛本茂の証言によれば、八尾税務署の直税課所得税係事務官葛本茂が前年の昭和三八年に原告の飼養成鶏を実地に調査したところ六〇二一羽であつたことが認められ、他方原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三八年秋から同三九年春にかけて更新鶏として雛約三〇〇〇羽(約六ケ月で成鶏に達する)を仕入れているのに対して、昭和三九年中に廃鶏として処分したのはおよそ二五〇〇羽であつたこと、同年は東京オリンピツク開催による需要増を見込んで業界全体として飼養羽数増加のすう勢にあつたことが認められるから、原告の飼養羽数を五〇〇〇羽とみているのは相当に控え目な認定であり、これを下まわるとはとうてい考えられない。

次に、証人竹見富夫の証言により成立を認めうる乙第一号証の一ないし三は、農林省大阪統計調査事務所編の昭和三九年大阪農林水産統計年報であるが、これによると大阪府下のにわとり飼養戸数は昭和四〇年二月現在で一六、四七〇戸、一戸当りの成鶏めす飼養羽数は平均約二〇〇羽で、その昭和三九年一月から一二月までの間における月別の産卵率は別表二のA欄記載のとおりであつたことが認められる。原告はこの統計は専業養鶏には適用できないと主張するが、専業養鶏が副業養鶏ないし家庭養鶏に比べて産卵率が劣るとする証拠はなく、むしろ一般にそれを副業とするよりも事業とする方がより高い生産性を有すると解するのが常識に合致するところであり、専業養鶏業者は少なくとも統計値以上の産卵率をあげていたとみてよい。原告はさらに、その養鶏方式が旧式で、老鶏も多く、養鶏場の環境も不良であることなどを原告の特殊事情として主張しているが、証人葛本茂の証言によれば、昭和三九年当時は専業養鶏業者の間でも三段バタリー方式が大半でケージ式は少数であり、バタリー式に多い寄生虫の発生は消毒により予防ないし駆除するのがふつうであることが認められ、飼養方式がその当時としてとくに旧式であつたというわけではないし、また前認定のように昭和三八年秋から三九年春にかけて更新鶏約三〇〇〇羽を仕入れていることからすれば、飼養羽数のうち少なくとも半数は更新している勘定となり、他の養鶏業者に比して老鶏が多いというのはあたらない。ただ、原告が一部の養鶏業者のとつている点燈養鶏方式を採用していないことや、原告の養鶏地付近は平野川支流流域の低湿地帯で必ずしも立地条件がよいとはいえないこと(いずれも原告本人尋問の結果により認める)などは、産卵率に影響を及ぼす事情として一応斟酌に値することではあるけれども、これらの事情の故に原告の実績が他の専業養鶏業者よりは幾分劣るかもしれないことは格別、そのために副業ないし家庭養鶏をも含めた統計値以下にまで産卵率がおちこんでいるとはとうてい認められず、前記産卵率統計を原告に適用することは決して不当ではないというべきである。

第三に、卵の重量については、証人竹見富夫の証言により成立を認めうる乙第一号証の五によれば、大阪府下における昭和三九年の統計として、産卵鶏一〇〇羽当りの卵生産量は一、二二七キログラムで産卵率は六〇パーセントというのであるから、鶏卵一個の重量は次の算式により五五・八グラムとなり(前顕乙第一号証の三によれば、年間の平均産卵率は六〇パーセントより幾分下まわるから、卵一個の重量は今少し重くなる)、被告が一個五五グラムと主張しているのは正当として肯認することができる。

100(羽)×366(日)×0.60=21.960個

1.227.000グラム÷21.960=55.8グラム

そして証人葛本茂の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第二号証によれば、葛本事務官が鶏卵一キログラム当りの価格について原告の属した浪華養鶏組合で実地調査したところ、昭和三九年一月から一〇月まで各月の平均価格は別表二の(D)欄一ないし一〇月の段記載のとおりであり、一一、一二月分は実地調査後であつたから産経新聞掲載の日々の鶏卵相場を調べて月平均額を算出したところ、同表同欄一一、一二月の段記載の額となつたことが認められる。

以上確定した数値をもつて売上金額を計算するに、先ず五〇〇〇羽に各月の日数と産卵率を乗じて産卵個数を算出し(別表二の(B)欄)、これに一個当り五五グラムを掛けて重量を出し(同(C)欄)、一キログラム当りの単価を適用すると、結局売上金額は合計金九、九二七、四三八円となり(同(E)欄)、被告主張額九、七九七、四〇二円を超えるので、被告主張額の限度でこれを認める。

2  廃鶏の売上金額および鶏糞の株式会社吉田商店への売上金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、証人辰巳満の証言とこれにより成立の真正を認めうる乙第三号証によれば、株式会社前田安商店に対する昭和三九年中の鶏糞の売上は金三一四、三九〇円であつたことが認められる。

3  必要経費は飼料の仕入金額を除いて当事者間に争いがない。証人辰巳満の証言とこれにより真正に成立したものと認めうる乙第四ないし第七号証によれば、原告の昭和三九年中における飼料の仕入先と仕入金額は被告主張のとおりであることが認められる。

四、以上認定したところを総合すれば、昭和三九年における原告の総収入金額は金一〇、七五三、九六六円、必要経費は金九、二九九、三三六円、したがつて事業所得の金額は、差引金一、四五四、六三〇円となり、この範囲内でした被告の更正処分およびそれに伴う過少申告加算税賦課決定処分は何らの違法もないこととなる。よつて原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 柳田幸三)

別表一(被告の主張)

<省略>

(備考)(A)・・・一定期間に産出する卵の個数を、その期間内に保有する成鶏延羽数で除したもの

(B)・・・5000羽×産卵率(A)×日数

別表二(裁判所の認定)

<省略>

(備考)別表一記載のとおり

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